consept

誕生秘話

【七丁目のひつじ 誕生秘話】

 

私は15年間、教育業界におりましたが、いわゆる偏差値教育や資本主義といった近代化以降のものを概して信じておりませんでした。「これを買って」としか云わぬ広告に囲まれた通勤通学ラッシュに、或る種の家畜化を視ていたのかもしれません。

 

現在、プノンペン郊外に日本文化教育を軸としたJCIAポーサンチェイカレッジを建設しているのも、プノンペンに戦後の、すなわち偏差値教育以前の日本を視たからに他なりません。ここなら、偏差値ではなく、文化によって、この世界を人間らしいものにできると確信したのです。しかも、日本もカンボジアも伝統的文化を失ったもの同士でした。

 

『七丁目のひつじ』の生みの親、白石先生とのご縁を頂戴したのは、プノンペンに面影日本を視はじめていた2015年の五月のことです。先生は孫正義に坂本龍馬の書を譲った方で、真の歴史を語らせれば、右にでる者はおりませんでした。私は歴史が苦手なのですが、なぜか先生の口からでてくる歴史上の人物たちが織りなす物語だけには、心躍るものがありました。

 

或る日、白石先生は「私は歴史上の人物を多く視てきているから、自分の寿命のこともよくわかっている。もって五年だろう。だから、若者に託せるものは託しておかなければならない」と酒を片手に微笑まれました。その託しのひとつに、

 

日本の若者にひつじを食べてもらいたい

 

という先生の想いがあったのです。日本人は羊文化だけはものにしておらず、そのひつじは体温をあげ、美容と健康によく、世界の宮廷料理で最も重要視されている生命になります。若者が手をだせるような価格設定で、日本にひつじを広めたいとおっしゃっておりました。丸亀製麺を越えろ!とまで云われました(笑)。でも、私の心に最も響いたのは、

 

「私はね、半分は付き合ってやるけれど、半分はアメリカの資本主義を信じていない」

 

という言の葉です。この先生の想いを継がせていただくと無言のうちに決心したのです。

 

『七丁目のひつじ』

http://hitsuji.diet/

 

年あけ、西蒲田に店をオープンさせていただいたとき、白石先生はすでに他界されていらっしゃいました。

 

世間知らずの教員がカンボジアと往復しながら、飲食店をプロデュースさせていただいているのです。先生がご存命だったら、お叱りを受けるだろうなと思うことが、多々多々あるのですが、ありがたいことに、生前の白石先生と関わりがあった方々が、絶妙なタイミングで助けていただいているので、なんとか舟出までこぎつけました。

 

2016年1月8日のオープン日。

 

小さな店舗に全国から届けられたたくさんの花を視て、、、

 

一瞬、花屋になろうかと決意が揺らぎましたが、これからも「ひつじを日本の若者に」届けるべく精進してまいりますので、今後ともよろしくお願い致しますm(_ _)m。

『七丁目のひつじ』
kaz_03